38週2日目出産しました〜パート2〜

育児

前回の「38週2日目出産しました〜パート1〜」では、前駆陣痛の始まりから入院までのことを書きました。
今回は入院が確定してから出産までを紹介していきます。

今日で出産から10日が経ちました。
泣き声も徐々に力強くなってきました。
育児日記を嫁きっきんが毎日こまめにつけてくれているので新生児の期間についてはどんな様子で過ごしていたかも今後紹介できると思います。

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入院、なかなか継続してくれない陣痛

5時40分に子宮口が7cm開いていたため即入院になった嫁きっきん。
コロナの影響もあり完全に立会はできないため、私は一旦帰宅となりました。

帰宅途中5時56分にLINEの通知音がなり確認すると「母子手帳」を忘れたと連絡がありました。
入院バックは準備していましたが「母子手帳」は普段持ち歩いているバックに入れていたので置き去りにされてしまいました。
ということで、病院まで追加で1往復することになりました。

6時31分に無事「母子手帳」を病院の助産師に渡すことができました。
その時に、助産師さんより「順調に子宮口が7cmまで開いて、嫁きっきんも順調なので思っているより早く呼ぶことなるかもしれないです。ただ、出産立会に向けて体力温存しておくようにゆっくり過ごしていて大丈夫ですよ」と心遣いをしてもらいました。
「思っているより」という部分に関しては、全く想像できていなかったのでどれくらいなのかという疑問はありましたが順調だということで再び帰宅しました。

9時41分病院から電話が来ました。
事前に立会ができる時間は1時間程度と言われていたので「いよいよか!」という気持ちで電話に出ました。
すると、「もう少し余裕があるのでゼリー飲料を嫁きっきんが買ってきて欲しいと言っているので買ってのんびりきても大丈夫ですよー」と言われたので、まだ嫁きっきんも余裕があると思い安全運転で病院に向かいました。

10時20分病院に到着しました。
受付で名前を伝え嫁きっきんの待つ部屋へ案内されました。
そこには、かつて見たことのない表情で苦しむ嫁きっきんが助産師さんに腰を揉んでらっている姿がありました。

さらに驚いたのは、ベッドではなく床にマットレスで出産を行うという事実。
ドラマなどで見る出産とは違ったので、ただでさえどうしたらいいかわからないのにイメージからもズレて混乱しました。

そんなことはお構いなしに、助産師さんと交代して腰をマッサージボールでひたすら揉む時間が開始されました。
指でやっていたら大事な時に間違いなく力が入らなくなっていたので目的とは違いましたがストレッチ用品買っておいてよかったです。

陣痛が来ている時は強く揉んで、弱まっている時は優しく、もっと上、もっと真ん中と指示の出るがままも揉み続けること40分、嫁きっきんがトイレに行ったのを機に11時25分より助産師さんによる診察が始められました。

お昼くらいまで様子見てみますね」と助産師さんが言ったので、この時は軽く経過観察をするのだと思っていました。

本当の戦いは始まり、遂に誕生

診察が始まり嫁きっきんのお腹には、「らいちゃん」の心拍を計る機械とおそらく子宮の収縮具合を計る機会がつけられました。

陣痛が始まると助産師さんは嫁きっきんの腰を力強く揉み、子宮の収縮具合を計っていた数値も「0」だったものが「40」くらいまで上がり、繰り返しているうちに「60」まで上がるようになっていました。

あまり数値が上がりきらず、継続もしない状態が続き12時00分に「人工破膜(人工的に破水をさせること)」が行われました。
人工破膜を行った瞬間に、嫁きっきんが苦しみだし「気持ち悪い吐きそう」と言って嘔吐しました。痛みのあまり嘔吐する初めての経験だったそうです。
嫁きっきんの苦しそうな状態とは裏腹に数値の変化はあまり大きくはあらわれませんでした。

12時22分に、陣痛が長く、強く続かなかったため「アトニン」という陣痛促進剤の投与が始まりました。
この促進剤を投与する前に、投与するに当たって署名が必要と言われ説明を受けはしたのですがひっ迫した状況で説明を受けると専門的知識を持った方にお任せ状態になってしまいますね…。

投与が始められる際、「いきなり多く投与できないからね」と言われ、「そんなに危険なものなの」と不安にもなりました。
点滴の速度を調整する機会には「16mL/h」という数字がありスタートはこの速度で投与されていました。
なかなか数値に動きがなかったため「24mL/h」に変更されるのは嫁きっきんが見て「輸液ポンプだ」と痛みの中で少し余裕?がある発言が出るも、またすぐに痛みとの戦いが始まっていました。

助産師さんが「いきみたい感じ出てきたかい?」という質問に嫁きっきんは「全然いきみたい感じがない」と悶えながら返していると、おじいちゃん先生がそろそろかと思ってと入ってきました。
タイミング的には良かったようですが、今か今かと考えている私は「そんな余裕な感じなの!?」と心の中で思ってしまいました。

助産師さんが点滴の速度あげてもいいかと先生に聞くと「いいよーあげとくよー」と軽い感じで返答しながら輸液ポンプをいじるのですが、機械の使い方がいまいちなのか数値の変更ができないでいました。
そこに別の助産師さんがきたのをみて、これやってもらっていい?と助産師さんがあっという間に数値を「32mL/h」に変更、このおじいちゃん先生に出産任せて大丈夫なのかな、と少々不安になる一場面が嫁きっきんが悶えている間にありました。

13時25分助産師さんがおもむろに手術の時に着るような服に着替えを始め、動画とるならそろそろスタートしていいよと言ってくれました。
着替え始めるのを見ていた私も嫁きっきんに「なんか着替え始めたからいよいよっぽいよ」とワクワクした声で伝えました。このとき「アトニン」の速度は「40mL/h」まで上がっていました。

遂に出産!

動画も回し始め、最後の痛みとの戦いが始まりました。
子宮の伸縮具合を示す数字も「100」を超えるようになり嫁きっきんも遂に「いきみ」をする状態になりました。

いきみたいタイミングでいきんでと言われ、息を止め目をとじ顔が真っ赤になり膨れ上がるまでいきむ嫁きっきんを見て、何故か私も息を止めてしまって一緒に息を吸った時についつい笑ってしまいました。

身体中に力が入る嫁きっきんをみながら、子宮の伸縮具合を示す数値を見て今まで以上の数字になるタイミングで「いくの?いくの?いくの?」と呼びかけをしていましたが、出産後に話を聞くとそのせいでタイミングを逃してしまったと言われてしまいました。
次回の立会の際は、応援だけにするための教訓のためブログに残しておきます。

いよいよ頭が見えてきて、助産師さんたちも上手上手と声をかけ続けてくれ、いきみ続ける嫁きっきん。
遂にその時がやってきました。
「頭出てきたよーあと一息だよー」と頭がお股に挟まった状態になった時、嫁きっきんにきたのはお股の痛みのピークだったそうです。

完全に頭が出てきた瞬間、待ちに待った「産声」が聞こえてきました。
ただしこれはまだ顔だけだったので、即座にその場にいた助産師さんが「まだ泣かないでー」とフライング泣きをしてしまいました。

ここからはいきまずに体が出てくるようにしているようでしたが、詳細は見ることができませんでしたが、「らいちゃん」の顔は確かに見ることができました
完全に生まれてきて泣き声を聞いた時、無事生まれてきてくれた安心感と可愛いという気持ちが溢れ出しました。

嫁きっきんよりも一足早く対面を済ませ、へその緒がつながったまま嫁きっきんのお腹の上に移動し、嫁きっきんが初対面を済ませました。

「可愛い」「わー」だったりの感動の声が出ると思っていたのですが、そんな反応になる?とYOU TUBEで少し前に見た出産実況の動画の方と同じで驚きの「おうぇー!!!??」という声になっていました。

こうして、分娩時間18時間18分の末、5月8日13時44分に無事「らいちゃん」が誕生しました。

出産後にもさらなる痛みが…

出産が無事に終わったかと思ったが束の間、嫁きっきんの出血が止まらない事態が発生しました。
私とらいちゃんは部屋から出され廊下で2人っきりの時間になってしまいました。


出てきた部屋の中からは嫁きっきんの声が「痛い!痛い!!」と先ほどよりもかなり大きなボリュームで聞こえてきました。
胎盤を摘出したのちに、会陰切開の傷とは別に奥の方(子宮頸管?)が裂けてエグれておりレバー状の5cm大の血の塊(コアグラ)が出てきたとのことです。
このため、10針ほど縫う処置が出産後の弱った身体にされました。

助産師さんに呼ばれて病室に入ると、出産直後よりも疲れ果てた嫁きっきんがいました。
らいちゃんをやっと隣に寝かせてあげゆっくりと3人の時間を過ごそうと思いましたが、コロナ禍の影響で立会は出産後2時間までだったため私は横たわった嫁きっきんを残しその場をさりました。

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終わりに

無事出産を終え、誕生の報告をした際に連絡をいただいた方々、本当にありがとうございます。
ブログの更新が「らいちゃん」の可愛さによって遅れてしまっていますが今後も随時更新して行きますのでぜひ読みにきてください。

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